セリカ XX で行く旅 【関ヶ原→安土城→賤ヶ岳→姉川→関ヶ原】 古戦場巡り(1)

この記事はCELICA XX CLUB メンバー用サイトから一部抜粋して再構成したものです。

<古戦場巡りと滋賀解体オフ>

(出陣!)
2002年8月3日(土)の滋賀行きは2つの要因が絡んであっさりと決まった。それは解体車がボディカラーも含めて同じ仕様のXXだった事と、前から行きたかった古戦場巡りの場所が一致したこと。今回参加するに辺り『無理せず、のんびり行こう!』と決めて前後に休暇を挟み万全の体制で臨んだ。解体オフ前日(11:15)ファイターボ2世号で出発!何故かというと購入以来、初の長距離走行なのと現地でパーツを交換して、なるべく積み荷を減らす計画だから。ホントはナビ搭載のニッパチ号も捨てがたかったが・・・。現地まで500キロ近い長丁場なので焦っても仕方ない。「夕方までに関ヶ原に着けば良いや」みたいなノリだった。

その日は結構道路が混んでいて、いつもの四つ木ICはパンクしていて、そのまま下道を走り(12:30)箱崎ICより首都高に乗った。環状線外回りを周りながら直前まで東名と中央道のどちらで行くか迷い、東名への分岐点手前10メートルまで迷った。東名の方が空いている事は解っていたが、結局景色の事を考えて中央道経由で行くことにしたが関ヶ原遅参の『徳川秀忠』のマヌケ面 (見たこと無いが・・・)が浮かんできてイヤな予感がした。(笑)*意味が解らない人ゴメンナサイ。(13:30)快調に走りながら談合坂SAに到着し昼食タイム。・・・とこの辺りから急に雲行きが怪しくなり、突然激しい雷雨となった。(汗)暫くすると小降りになったので出発!事故渋滞でトロ走りながらも有名な『猿橋バス停付近』を越えてからは流れ始めた。但し天気がイマイチの為、装着しているソーラー型レーダーが反応せず何度か汗ばんだ。(汗)M-Turboは高速クルーズは2800GT以上に快適でハイペース走行になりがち。中央道はアップダウンがキツイがターボが上り勾配では作動するため、重力を意識することなく走れた。2000GTでは頻繁にシフトダウンしないと前に進まなかった。

駒ヶ岳SA辺りで2度目の豪雨に見舞われながらようやく(17:00)恵那峡SAに到着し中央道での最後の休憩。しかし天気がイマイチでせっかく景色のために中央道を選んだ意味がないぞ。(笑)おまけに予定より1時間ほどの遅れだ。「早くしないと歴史どおりに関ヶ原の戦いに遅参してしまう!」(秀忠の気分)*意味が解らない人ゴメンナサイ。(18:00)養老SAに到着。そろそろガス欠も近いようだが関ヶ原ICで降りてから給油する。『鳳啓介』似のスタンドのオヤジのノリの良い関西弁を聞いていたら、遙々遠くまで来たことを実感した。(笑)給油後、暫く走ると『関ヶ原決戦場はココを左折』なる看板を見つけた。細い道に入り暫く進むと何本かのノボリと共に関ヶ原決戦地の石碑が有った。(18:20)「やった~!遂に来たぞ!関ヶ原!」と一人で盛り上がりながら写真を撮った。(笑)こうして写真を見ると『ファイター・トーニング』の落ち着いたボディカラーが背景とマッチしているような気がする!?これがニッパチ号の派手な『ストリート・トーニング』だったら結構ウクかも・・・。(笑)

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関ヶ原決戦地!

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石田三成陣跡。

(18:35)石田三成陣跡を慌ただしく見ながら関ヶ原を後にした。とても全部は回りきれないので他の陣跡は帰りに寄ることにしよう。R365を走っているとき完全に日が暮れた。(22:10)R8号を南下し彦根の宿に到着。

<続く>
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